1章9節365-4
生活のなかの音を、私たちが共有している知識ととらえ、音が、生活のありようと歴史を知るよりどころの一つとなることを説く斬新な発想を提示している。
1980年代以降に議論されはじめた、中世における鐘の音の社会的意味を問うた社会史(たとえば、アラン・コルバン『音の風景』藤原書店、小倉孝誠訳、1997年、笹本正治『中世の鐘・近世の鐘―鐘の音の結ぶ世界』名著出版、1990年、パウル・サルトーリ『鐘の本―ヨーロッパの音と祈りの民俗誌』八坂書房、吉田孝夫訳、2019年などや、または風景(ランドスケープ)と同様に、テクストとして街の音を読むことができるという考えかたに基づく「サウンドスケープ」論(たとえば鳥越けい子『サウンドスケープ―その思想と実践』鹿島出版会SD選書、1997年)などを先どりした視点だったともいえる。
もともと音はその場で消えてしまうものであり、柳田が「この世には既に消え去ったる昔の音」が多かったと指摘するように、歴史を問う素材と知識になりにくいが、録音技術がすすんだ現在、音は当時より、テクストとしてより開かれた史資料になる可能性を持っている。
しかしそれには、柳田がこの10行程前で、私たちの「耳を澄ますという機会」が、「いつの間にか少なくなっていた」と記した、私たちの耳自体をもう一度とぎ澄ます必要がある。柳田が1920年(大正9)に、東北の三陸海岸を旅した際の記録、「豆手帖から」(『雪国の春』1928所収)の「安眠御用心」には、宿屋で眠れずに「(…)東北では雨戸を立てないから、凡そ町中の一夜の出来事は、悉く枕頭に響いて来る」と、周りの音に耳を澄ます柳田の、次のような記述を見ることができる。
「先ず皿小鉢の甲高な音楽がすむと、女中の叱られない家なら赤ん坊が泣く。表を締める前に一しきり、涼みがてらに路を隔てゝ向の家と話をする。若い衆が笛を吹いて通る。わさ/\わさと何処かで立ち話の声がする。早起の家の起きる時刻と、宵つぱりの家の寝る時刻との間が、夏は誠に短い短夜で、其間に犬が吠える。」(③688-11~14)
宵から夜へ、地方の町場の暮らしと、人とひとのつながりの襞が、音の叙述から浮かびあがるのである。[重信]
→所謂騒音、香道が疲るゝ嗅覚の慰藉であつたやうに、全体に一つの強烈なる物音が~、言論の如きは音声の最も複雑にして又微妙なるもの~