一箇のアヤといふ語を以て

1章3節346-20

「単に一箇のアヤといふ語を以て、心から心へ伝へては居たが(…)失神恍惚の間に於て、至つて細緻なる五色の濃淡配合を見て居た」(346-20~347-1)のおけるアヤとは、物の表面に現われたさまざまな形や模様で、特に斜めに交わった模様を指す。漢字で表わすと、彩、綾、絢、文などになるが、例えば「人生の―」といえば、表面的には見えないものの、辿ると見えてくる社会や世の中の入り組んだ仕組みを指している。柳田がここでアヤと表現したのは、初宮参りのあやつこ(額に墨付けされた交差する印)、あやご(宮古島の語りもの)、言葉の綾、綾言葉(真実に反して言葉を飾りたてる意である綺語)、あやかし(妖怪の古語)、あやかり(感化されて同じようになるの意)、あやし(怪し)、あやつり(操り)、あやまり(誤まり)、あやふね(沖縄で九州と往来する彩色された船を、紋船と呼ぶ)などを同系語と想定し、「何か外部の霊又は隠れた力に動かされて、さうなつて居る」状況を指しているが(『不幸なる芸術』⑲642、『口承文藝史考』⑯385~6)、漢氏をあやうじ(『石神問答』①548)と読ませるように、アヤは極めて多義的で、境界的、越境的な何ものかを示している。[岩本]

蝶や小鳥の~別世界の消息の如くに解して居た異常なる心理の激動