厚地綾織類の詰襟~これにも何かは知らず一つ/\の理由は有つたので

第1章7節361-3~4

厚地綾織の詰襟とは学生服を想起すればよいだろう。このような風土や気候に適っていない不合理なものを生み出したことも、柳田は何らかの理由があると捉えており、一つ一つの理由とは、「久しい行掛り」(359-16)という文言と、深く響き合っている。『郷土生活の研究法』では「尚無数の仕来りと行掛りとが、我々の身辺を囲繞して居る」(⑧216-16)と述べるが、そのまなざしは「仕来り」のみならず、「行掛り」という過去の人びとの経験の総体が、現在の人びとを拘束するとして含め論じている。例えば第3章4節「寝間と木綿夜着」で、閉鎖的な納戸(寝間)に木綿蒲団が移入されたことが、衛生吏員などが気に留める、肺結核を流行させたと示唆するように(404-8~10)、「意外な生活習慣」(408-11)を成長せしめた「行きがかり」として、祖先たちの日々の生活実践が今を生きる私たちの「日常」を拘束している実例としている。柳田の民俗学が単なる風俗習慣を対象化した学問でなく、「歴史」を強調するのは、こうした「行きがかり」を視野に収めているからである。すなわち、それが私たちの探るべき「歴史」なのであり、「国民としてのわれわれの生き方が、どう変化したかの問題」(21-15~16)に通じているのだといえる。[岩本]    

歴史は他人の家の事績を説くものだ~拘束新らしい洋服主唱者にもし不親切な点があるとすれば~