共同の幻覚

1章9節365-11

山神楽、天狗倒しは山中で祭りの音曲や伐木の音が聞こえてくるというもので、天狗や狸のしわざとする語り伝えが多い。これらの音の「幻覚」について、「よほど以前に私はこれを社会心理の一問題として提供して置いた」とあるのは、「山人考」(1917年『山の人生』、③595~608)を指している。そこで柳田は「常は聴かれぬ非常に印象の深い音響の組合せが、時過ぎて一定の条件の下に鮮明に再現するのを、其時又聽いたやうに感じたものかも知れず、社会が単純で人の素養に定まつた型があり、外から攪乱する力の加はらぬ場合には、多數が一度に同じ感動を受けたとしても少しも差し支えは無いのでありますが、問題はたゞ其幻覚の種類、之を実験し始めた時と場処、又名けて天狗の何々と称するに至つた事情であります」と述べている(③604-11~15)

こうした幻覚はやがて共同幻覚という言葉で表現されるに至る。『世相篇』においてすでに「共同の幻覚」と称されているが、後の「夢と文芸」(1938年『口承文芸史考』、⑯500~507)では「一家一門の同じ悩みを抱いた人々が、時と処を異にして同じ夢を見、それを語り合つて愈々其信仰を固めるといふ場合である(…)自分は夙くから是を共同幻覚と呼んで居る。(…)似よつた境涯に生きて居ると、同じやうな心の動きが起るものか。もしくは甲の印象は鮮明で強く、乙丙は弱くして漠然たる、稍近い感じを受けて居るに過ぎぬ場合でも、一人が言ひ出すと自然に其気になり、又段々にさう思ふやうになるのか、是は遠からず実験をして見る人があるであろう」とあり、解釈に若干の変化が生じている(⑯502-3~10)

なお、『山の人生』で列挙される事例も『世相篇』と概ね重なるものである。すなわち、「遠州の秋葉街道で聴きましたのは、この天狗のお膝元に居ながら之を狸の神楽と称し、現に狸の演奏して居るのを見たとさへ謂ふ人がありました。近世謂ひ始めたことゝ思いますが、狸は最も物真似に長ずと信じられ、独り古風な腹鼓のみに非ず、汽車が開通すれば汽車の音、小学校の出来た当座は学校の騒ぎ、酒屋が建てば杜氏の歌の声などを、真夜中に再現させて我々の耳を驚かして居ます」という部分がある(③604-6~9)。1917年以前に行なわれたことになる「遠州の秋葉街道」での見聞については不明であるが、同地域の幻覚については『秋風帖』(1920年、『東京朝日新聞』紙上で連載、⑥)の「狼去狸來」でも言及されている(⑥24~25)。ちなみに、「妖怪名彙」(1938年『妖怪談義』、⑳380~394)にみえる「ヤマバヤシ」の典拠は『秋風帖』とされているが(⑳382-14~16)、「名彙」の記載内容は『秋風帖』には見出せない。

共同の幻覚という考え方は、吉本隆明の共同幻想論を想起させる(吉本隆明『共同幻想論』河出書房新社、1968年)。吉本の議論は国家や天皇制という幻想の共同性を相対化しようとするものであり、『遠野物語』等の柳田の著作を検討材料としてローカルな幻想が共同性を獲得していくことにも目配りしているが、直接体験に虚構が加わるほど共同性の度合いが増すとみるなど(前掲吉本、42~43頁)、実際に体験された何事かが分節されるあり方を見据えようとする柳田とは議論の射程と深度が相違する。また、「おなじような生活をしている猟師たちに固有な幻想がある共同性を獲得していく」という見方について「民俗学はこういう思考方法をとらない」とするなど、吉本の柳田國男の読み方にはいささか疑問が残ることも付け加えておきたい(前掲吉本、45頁)[及川]

異常なる心理の激動全体に一つの強烈なる物音が~酒造りの歌